膵臓癌ステージ4aからの生き残り(おきゃんばーば)

膵臓癌ステージ4a告知(2016年6月)からの生存記録。更新がある限り生きておる。

令和初のブログになってしまった! 気分は良くない⁉️

1月1日に今年初めてのブログを、と思っていたがとうとう今日になってしまった。

年明けから調子が悪く、なかなかPCに向かう気にならなかったのだ。

痛む回数が多くなり、約2時間おきにオキノームやアプストラルを飲んでいる。

オキノームはじょじょに痛みが襲ってきたとき、

アプストラルは突如痛みが来たとき…と使い分けているが

どちらもモルヒネに変わりはない。使うほど体力が落ちるのか

だるくて、眠くてフラつき、吐き気さえする。

こんな日がこれからは多くなるんだろうなぁ、と考えると

おババは覚悟をしていても憂鬱になる。

もっとスッキリあの世へいくことはできないのか? 生きる事も死ぬ事も難しい!

 

3日間お通じが出ない⁉️ オキノームはお腹の調子を悪くするらしい。

夕方、訪問看護師さんが来て浣腸をしてくれることになった。

もう恥ずかしいなど言っていられない。お腹がスッキリするなら頼む〜の心境だ。

今年から医師は月2回の訪問だが、看護師さんには毎週きてもらうことにした。

そのうち医師にも毎週来てもらう事になるような気がする。

オリンピックまでは何とかと思うが、主治医の言った「難しいかも…」が

現実に身近に迫っているようにおババは感じる。

さあ、次ブログに向かえるのはいつになるだろう❓

 

通院をやめた⁉️ 訪問医にすべて任せることに

2カ月ぶりで主治医のもとに。電車に乗り約1時間15分。

この通院がもう辛くなってきた。血液検査でCAI9ー9は19285に。

9月の検査では7000台だったのに。主治医は「これはツライよね」と一言。

「先生、もう通院はできません。後は訪問医に任せたいのですが…」とおババ。

主治医は「その医者の名前は?」とおババの目の前のPCで訪問医の

ホームページを出し、「この先生?」と言ってざっと目を通し

「わかりました。直接、紹介状をクリニックに送ります。

でも、なんか困ったら電話でもいいので連絡してくださいね」と。

主治医と訪問医は同じ大学出身。外科と内科の違いはあっても安心した様子。

訪問医は某大学病院の内科腫瘍科と緩和医療に携わっていた先生。

おババにとって、これから治療は一切せず自然のままに任せたいという

希望をしっかり了解してくれている。おババはなんと人に恵まれているのか!

主治医とお世話になった看護師さんたちにお礼を言いい 病院を後にしたが、

3年半にわたる治療に優しく接してくださった方々に感謝の気持ちでいっぱいだ。

 

11月30日に第2回の<Naoko’s cafe >を施設で開くことになった。

第1回目が好評だったので、年内に2回目をという事らしい。

と言ってもおババはcafeをドリップするだけ❓

ケアマネージャーがシフォンケーキを焼いてくれ、ウエイターは入居者の家族。

きっと最後の<cafe >となるだろう⁉️

痛みの回数が増加 この冬を過ごし事ができるかな?

昨日は辛かった!痛みが次々襲って来る。

私の不注意から体に貼るフェントステープが切れていることに気がつかず

昨日はテープ無しで過ごすとに。ケアマネジャーがすぐに訪問医師に

連絡してくれ、持っているオキノームとアプストラルを一緒に服用するように

指示されたが完全に痛みは消えずにいた。

風呂に入って眠剤を飲み寝てしまったら朝目覚めた時、痛みは消えていた。

今朝一番で先生がきてくれ、その場で処方箋をスマホで薬局に送ってくれたので、

おかげですぐに訪問薬剤師がテープを持ってきてくれ、

今日はいたみから解放され、食事もなんとか摂ることができたが、

これから、こうした麻薬を大量につかいながら痛みと闘っていくのかなぁと

おババは覚悟していたとはいえ考えてしまう。

 

昨日、癌研から緩和ケアを望む17年生まれの方が入居してきた。

ケアマネージャーからおババと同じに治療を一切拒否している人だから

「仲良くしてあげね」と言われて、部屋も近いことから

夕食後に少しお話をした。お互い「頑張るのはやめようね」と。

おババは訪問医師やストレッチのコーチ、看護師さんたちにも

「頑張ってと大丈夫」と言う言葉はかけないようにして欲しいと言ってある。

もう十分頑張ってきたし、何をもって大丈夫なのか?

きっとコンニチハ同じ程度の挨拶言葉なのだろうが、癌患者には受け入れ難い。

だから「また、いつ何時にあいましょう」と声をかけてもらっている。

こんなおババはワガママかなとも思うが、もうどんなにワガママと思われても

おババの我を通すことにしている。

さて、明日はどんな日になるのかなぁ。

今日はこれからお別れ会! 遠くない日おババも見送られるのかな!

昨日、深夜に旅立った肺気腫を患っていた2室先の男性。

ステラと名ずけられた20歳のニャンと暮らしていた。

職員によると、1週間前にお風呂に入ってシャンプーしたのに

あっと言う間に体力が低下してしまったようだ。

ステラはベッドから離れず、ご飯も食べないと聞いた。

動物ってスゴイ! ホントに凄い‼️

おババは泊まり込みをしていた娘さんの了解を得て、

最後のご挨拶をした。ご家族は返事はできませんが、

耳は聞こえていますので話しかけてやってくださいとの事。

ベッドに近寄り、手を握るとかすかに握り返してくれるような感触を得た。

「もう頑張らなくてもいいからね」っておババは言いながら

涙があふれ、いつのまにか鼻水まで垂らしていた。 

はっきりわからないが、おババより若かったように思う。

酸素マスクをしていたが、安らかな顔はスッキリしていた。

おババもこんな風に最期を迎えられれば御の字。

不謹慎かも知れないが、彼方の世界に旅立つ自身の死に方の

予行練習をしているような気持ちになった。

今日は2時からお別れ会がある。献花をして拍手👏でお送りしよう。

疲れ方がハンパない! 食欲の秋なのにゼロ

ブログを書くにも、指先の痺れでキーをうまく打てない。

腹部の痛みは時々あるが、薬を使うほどのものではない!

9月の末に病院で血液検査をしたが、やはり腫瘍マーカーは8月の倍になっていた。

先生に「来年のオリンピックは見られますか、本当のことを教えて欲しい」と伺うと

「ちょっと難しいかも知れないな、違う薬を使ってみませんか」と言う返事。

「いえ、一切の治療はしません。自然のままでいきます」と答えた。

そして、月2回の訪問医師は「放射線治療を少しやってみませんか」と

アドバイスをしてくれるが、それもことわった。

「とにかく痛みだけを、止めてください」と、おババ。

主治医、訪問医師、看護師、ケアマネージャー、介護士の皆んなが

共通の思いを持って私を見守ってもらえることに感謝している。

今日は指が動くうちに、自身で感謝の死亡通知を作っておこうと思い、

2時間かけてパソコンで簡単な文章を書いていたら、

訪問看護師が体調をみにきてくれた。血圧が高いのでビックリ⁉️

それは、指と頭をフル回転して文章を書いていたためであろうと知って

看護師もひと安心。笑ちゃうね!

明日は友人のデザイナーが来て、わたしの書いたものをデザインしてくれる予定。

 

先日は1日だけ2時間の[Naoko’s cafe]をオープンさせてもらった。

わずか1時間でコーヒーもケーキも品切れ、大繁盛で喜んで貰った。

終わったらグッタリ。その疲れを今も引きずっているようだが、

それも、楽しい経験だ。こんなにたくさんの心を通わせてくれる人たちに

囲まれいるおババはシアワセだと、心から思うこの頃だ。

さて、次にグログを書けるのはいつになるのかな?

 

 

あと半年で余命は終了? 死期が近いことが実感できない⁉️

8月27日、月に1回の血液検査に病院に行った。

案の定、腫瘍マーカーは7月の倍になっていた。

膵臓癌の再発で3月に先生から一切治療をしないと余命1年と

言われていたが、おババは治療を拒否。

だから、余命はそろそろ半年になる。疲れ方は日々増してくるように思うが

痛みはあってもクスリを飲むほどではなく、いつのまにか治ってしまう。

先生に「死ぬ気がしないんですが…」「あなたのガンは広く薄く広がるタイプ」と

先生は手を広げて5本の指を目一杯広げて見せてくれた。

いつかはその時が来るであろう。その時をじっと待つのはいいけど、

あまり長すぎるのもおババはイヤだ。それまで何をするか?

 

9月15日におババのいる、さ高住でNaoko’s caffeを

午後2時間だけ開くことになった。実はおババの名前は<なおこ>という。

以前から月に1回でいいからカフェをしないかと声をかけてもらっていたが、

なかなか面倒なことをする気がなかった。

今回は冥土の土産と思ってOKをした。もうポスターも出来上がっていた。

おババはコーヒーを入れるだけ。

ケーキを焼くのが趣味の職員さんがシフォンケーキを作ってくれる。

コーヒーとケーキで300円。お天気なら外のテラスでコーヒーブレークだ。

1回で終わらず、やるからには3~4回はしたいが、そこまで体力が持つかなぁ?

おババの現状を知った職員さんたちが、おババのために企画してくれたのだろう。

みんなの優しさに感謝感謝している。

ほんの少しだが痛みが❗️ これからを考える。

膵臓癌を手術して3年目を迎える。

余命半年と言われたが、運良く手術ができ3カ月の入院後2年間の

抗がん剤治療を経て、このサ高住に来た。

そして再発が始まったのだ!痛くてどうにもならないという痛みではないが、

何となくみぞおち近くが痛む。背中から腰にかけても痛い。

長時間ではなく、いつのまにか痛みは消えていくので、

おババはほっておくことにしている。

御茶ノ水の主治医のK先生の他に、訪問医師に月2回来てもらっている。

訪問医師は主に腫瘍を専門にしているし、

K先生からもらうデータも共有しているので安心だ。

これからだんだんと痛みは強くなるのかな?と思うと

おババは憂鬱になるけれど、覚悟の上の抗がん剤拒否だ。

あと1年と言われて、もうすぐ2カ月になる。とすると残り10カ月か?

元気で過ごせるのは、どのくらいかなぁ、このブログを書けるのも……。

9月に友人と長野の温泉♨️にいく約束をしたが大丈夫かなぁ。

おババは温泉🧖‍♀️に行きたい ⁉️ 最期の温泉のなるかもしれないのだから。