膵臓癌ステージ4aからの生き残り(おきゃんばーば)

膵臓癌ステージ4a告知(2016年6月)からの生存記録。更新がある限り生きておる。

あと半年で余命は終了? 死期が近いことが実感できない⁉️

8月27日、月に1回の血液検査に病院に行った。

案の定、腫瘍マーカーは7月の倍になっていた。

膵臓癌の再発で3月に先生から一切治療をしないと余命1年と

言われていたが、おババは治療を拒否。

だから、余命はそろそろ半年になる。疲れ方は日々増してくるように思うが

痛みはあってもクスリを飲むほどではなく、いつのまにか治ってしまう。

先生に「死ぬ気がしないんですが…」「あなたのガンは広く薄く広がるタイプ」と

先生は手を広げて5本の指を目一杯広げて見せてくれた。

いつかはその時が来るであろう。その時をじっと待つのはいいけど、

あまり長すぎるのもおババはイヤだ。それまで何をするか?

 

9月15日におババのいる、さ高住でNaoko’s caffeを

午後2時間だけ開くことになった。実はおババの名前は<なおこ>という。

以前から月に1回でいいからカフェをしないかと声をかけてもらっていたが、

なかなか面倒なことをする気がなかった。

今回は冥土の土産と思ってOKをした。もうポスターも出来上がっていた。

おババはコーヒーを入れるだけ。

ケーキを焼くのが趣味の職員さんがシフォンケーキを作ってくれる。

コーヒーとケーキで300円。お天気なら外のテラスでコーヒーブレークだ。

1回で終わらず、やるからには3~4回はしたいが、そこまで体力が持つかなぁ?

おババの現状を知った職員さんたちが、おババのために企画してくれたのだろう。

みんなの優しさに感謝感謝している。

ほんの少しだが痛みが❗️ これからを考える。

膵臓癌を手術して3年目を迎える。

余命半年と言われたが、運良く手術ができ3カ月の入院後2年間の

抗がん剤治療を経て、このサ高住に来た。

そして再発が始まったのだ!痛くてどうにもならないという痛みではないが、

何となくみぞおち近くが痛む。背中から腰にかけても痛い。

長時間ではなく、いつのまにか痛みは消えていくので、

おババはほっておくことにしている。

御茶ノ水の主治医のK先生の他に、訪問医師に月2回来てもらっている。

訪問医師は主に腫瘍を専門にしているし、

K先生からもらうデータも共有しているので安心だ。

これからだんだんと痛みは強くなるのかな?と思うと

おババは憂鬱になるけれど、覚悟の上の抗がん剤拒否だ。

あと1年と言われて、もうすぐ2カ月になる。とすると残り10カ月か?

元気で過ごせるのは、どのくらいかなぁ、このブログを書けるのも……。

9月に友人と長野の温泉♨️にいく約束をしたが大丈夫かなぁ。

おババは温泉🧖‍♀️に行きたい ⁉️ 最期の温泉のなるかもしれないのだから。

梅雨が始まったらしい! しとしと雨は心をブルーにする☂️『

目が覚めたら11時30分だった!

昨夜は12時頃にベッドには入り、すぐ眠ってしまったらしい。

3時過ぎに目が覚めた! トイレに行き睡眠導入剤を飲む。

一応、6時頃には目が覚めたが、またすぐ眠ってしまった。

 

起きたら雨☔️。ガラス戸が雨つぶでレースのカーテンのようだ。

お昼ご飯はハヤシライス、ポテトサラダ、コーヒーゼリー

美味しいかった。おババの前の席には大好きな95歳のすみ江おばあちゃん👵

ハヤシライスを3分の2を食べると「腹いっぱいだ!」と一言。

「ポテトサラダも少し食べようー。コーヒーゼリーも美味しいよ」とおババ。

いつも昼食時には娘さんが付き添うが、今日は一人。

娘さんだって疲れるよ! 毎日のことだもの。たまには休みなさいよ。

おばあちゃんは人気者だから、誰かが声をかけるから大丈夫ですよ👌

 

 藤原新也メメント・モリ(Memento-Mori 死を超え)を手に取りページを開ける。

これで3回目だ。まだまだこの先、なん回も眺め、読むだろう。

その中でもおババが心惹かれるのが

『契り一秒、離別(わかれ)一生。この世は誰もが不如帰。』の一文だ。

『死の瞬間が、命の標準時。』これも、そうだと思う。

本を手にするたびに<生と死>を考え、生きる意味を模索する。

やっぱり膵臓癌の再発だった‼️ あと1年の命らしい!

6月4日、病院で月1回の血液検査。

この日も姉が同行してくれた。姉は夫の病院にも付いて行き、私の病院にも。

ほんとは私が姉の手助けをしなければならないのに…と

申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 

さて、腫瘍マーカーは倍々ゲームのように上がっていく。

昨日のおババの数値は779、上限は37。来月の検査では1000を超えるだろう。

5月に先生は肝臓に見えた小さな腫瘍は、膵臓癌の再発や転移ではなく

肝臓に新しくできたものだと話されたが、

今日はデータとにらめっこをしながら「膵臓癌の再発ですね」と。

癌がどんどん大きくなるのではなく、少しずつ拡がっていくタイプらしい。

時々ミゾオチが痛むようになっていたのも、うなずける。

そこで先生「どうしますか?  抗癌剤治療は?」

「いやもう抗癌剤治療はいっさいしません。

痛みだけを抑えてください。あとどのくらい生きられますか」とおババ。

「1年くらいは大丈夫でしょう」と先生。

 

帰りの電車の中で「オリンピックが見られるといいね」と姉がつぶやいた。

「そうだねー」とおババ。

あと1年、このまま穏やかに過ごせたらおババは十分だ。

 

 

PETーCTの結果が7日にわかる⁉️ 奇跡の患者は奇跡のままでいられるかな!

4月の検診で腫瘍マーカーが3桁になった!

そこで至急にPETーCTを受けたが、その診断結果が7日にわかる。

さて、どんな結果が出るのか? 転移、再発などが頭をよぎる。

先生から奇跡の人と呼ばれていたが、奇跡もそれほど長くは続かないのかも。

どんな結果が出ても、ジタバタせずに受け入れようと覚悟はあっても

こんなに気になるのは、やっぱり心の中に認めたくないものがあるのだろう。

全ては7日、それまでは考えない事にしよう!

 

いま、おババの居るサ高住には認知症のひとが50%近い。

その他は脳梗塞肺気腫パーキンソン病など様々だ。

入所している認知症の中には、夫婦も3組生活している。

自分の部屋がわからなくなってしまう人には部屋まで連れて行ったり、

車椅子を押したり、おババができることは積極的にするよう心がけている。

お天気の良い日には、一人で散歩できない人の付き添いになって

近くの川辺まで歩き、菜の花を観たり、カルガモの親子を眺めたり…。

スタッフから冗談で最高齢のスタッフに採用してあげるなど、からかわれている。

明日は我が身、と思いできることはしようとしているが、

それが結構楽しく、少しでも役に立つことがおババの生き甲斐にもなっている。

それと認知症の人は可愛いい。自分に正直だ。自分だけの世界を持っている。

お世辞や見栄、他人への配慮など余計なものは全て捨て、

自分中心の世界で生きているように思う。周りは振り回されるが

おババはそんな自分に正直な認知症の人が好きだ!

 

腫瘍マーカーが上がった! チョット怖い。大丈夫と自分に言い聞かせる👌

3月12日に月1回の検査にK先生ののところに1時間30分かけて行ってきた。

今回は姉が付き添ってくれた。本来なら妹のおババが姉を

助けなければならないが、先日の雨の夜、施設の玄関を入ったところで

スッテンコロリン、アタマとひざ裏の筋を伸ばしてしまったのだ。

すぐにスタッフに車椅子で部屋に運ばれ、頭のコブは冷やしてもらい

足は湿布して弾圧ストッキングをはかせられた。

K先生のもとに行った時に、整形にも行きレントゲンを撮ってもらったら、

骨折やヒビもなく筋が伸びただけで事なきを得た。

ところが癌の方に問題が。CTと血液検査をしたのだが、

先月の腫瘍マーカーは23だったのに今月は98になっていた!

先生はCTには異常はないので心配はいらないとのこと。

「いくつになったら転移や再発につながるのですか」と伺うと

「3桁」の答え。え~っもうすぐジャンとおババはビックリ⁉️

あるがままを受けとめると決めていたのに、人間って不思議。

今が幸せだと、それがず~と続いていくものと思いがち。

まだ、どこかに生きる事への執着があるのだろうか?

大丈夫、大丈夫と自分にいいきかせている。おババは奇跡の人だからと。

ここに来て3カ月になるがずっと前から入居しているような気分。

それだけ心地よく、おババには合っているのだろう。

91歳ボーイフレンドと相変わらずテラスでタバコデート❤️を愉しむおババじゃ。

 

 

年末に介護施設に入居 やっとWiFiが繋がった!

2カ月近くもブログを書くことができなかった。

何故か? 年末におババの入居したサ高住(サービス付き高齢者住宅) は

居室にネットが引かれていなかったのだ。

だから、WiFiをセットするのに時間がかかってしまった。

バスに乗って駅近くのソフトバンクに行き、手続きをしたのが1月11日。

手元に届いたのが今日23日、いったいどうなっているのか何度もサポートセンターに

連絡を入れたが、混み合っていますので30分待ちと言うアナウンスばかり。

あまり怒ることがないおババもさすがに腹が立った。

と言うわけで、腹の虫がおさまったところで、ブログに向かっている。

 

おババが入居した、サ高住ではまったく自宅に居た時と同じように暮らしている。

食事時間が決められているが、あとは出かけようが何時に帰っても良し。

何時にお風呂に入っても「ごゆっくりどうぞ」という返事。

だからと言って、全てに満足する事はないが、今のところほぼ精神的にも安定した

生活をしている。これも体調がよく、現在は癌の転移・再発がなく

「奇跡の人」とK先生に言われるほど。2年間の抗がん剤治療に耐えた事が

良かったのか、今も服用している薬が体に合っているのか分からないが

とにかく元気に毎日を過ごしている。髪もすっかり伸び、

超ベリーショートのヘアスタイルがおババのトレードマークになっている。

白状するとおババはタバコを吸う。91歳になるオジンとタバコ友達になった。

屋外のテラスでしかタバコは吸えないので、

食後の一服はダウンを着て、ほとんど一緒にタバコを吸いながら、

天気のことやテレビのスポーツの結果などを話してひとときを過ごすが、

この91歳のオジンがすごい‼️  

耳は確か、言葉もハッキリ、杖はついているが背筋もピーン!

お酒にも目がない。「ここまで生きたから、好きなようにしたい」

そうだ、そうだとおババも同じ。膵臓癌ステージ4から生き返って

奇跡の人といわれるおババも、オジンを見習って自然体で毎日を送っていこう!