介護施設に入る事に決めた! 元気なうちに全部処分だ!
2年間の抗癌治療が終了。やっと普通の生活をしている。
と、言っても体力はない。重いものは持てないし、
すぐに疲れる。ベッドに横になることも多い。
でも今は癌患者ではないと自分に言い聞かせている。
そこで、今のうちにこれからの生活を考え、介護施設に入る事に決めた。
ほとんど現在の生活と変わりなく暮らせるところを探し、
最期の看取りまでしてくれる所を選んだ。
最初に訪ねたところは11人待ち。うへ~エとビックリ。
同じグループの柏にある所を紹介されて姉と一緒に行ってみて
部屋を見せてもらい、24へーベイと狭いが
おババが払える費用としては、こんなものかもしれないと決めた。
何年生きるかわからない。いつ転移や再発が出るかも分からないが
ある程度のお金を用意しておかなければいけない。
マンションを手放そう。そうすればお金のことを心配せず
安心して残りの人生を送っていくことができそうだ。
いま、中古マンションの受容は多く、買った時より高い価格がついた。
が、いつ売れるのかな? 簡単には喜べない。
このマンションを買ったとき、ここが終の住処と思っていたが、
人生は想定外のことは起きるものだとオババはしみじみ思う!
さあ、断捨離の始まり! 物だけでなく心の中も断捨離だ?
嫌な思い出や、人への憎しみ、悲しみ、みんな捨てて
新しい年は介護施設から発信することになる。
けっこう楽しみにしているのが、いまのおババである。
3回目のPET-CTで転移と再発はなし。どうやら生きる力があるらしい‼️
8月27日におこなった検査で、今のところ奇跡的に異常はなし。
膵臓癌の場合、術後5年の生存率は低く、先生がおっしゃるには4%とか。
「私も4%に入るのでしょうか?」と伺うと、
「あなたは1%ですよ!」と言ってくれた。喜んで良いのか?
それとも、これからずっと、いつ再発するか、転移するか?
とういう心配を抱えながら生きていくのかな?
と、おババは十分に老婆ながら老婆心が心の中で渦巻くのだ。
K先生を紹介してくれたE先生は「あなたは生きる力を持っているんだよ」と
私の手を力強く握ってくれた。生きる力とは何だろう?
おババは戸惑ってしまう。2年間抗がん剤治療の副作用と闘いながら
今があるのだとしたら、もうこれ以上の治療はしないと決めた。
水の流れのように、あるがままにまかせよう、と思う。
もしかしたら、それが生きる力なのかもしれない⋯。
それで再発・転移が始まったとしても、それはそれで受け止め、
痛みだけを止めてもらい、ピ-スサインをしながら逝くつもりでいる。
おババには1日でも長く生きようという思いはない。
生き方、治療法は人それぞれだが、生きる力を信じたい。
ゲームと読書三昧の日々 元気っていいなぁ😻❣️
毎日ブログを更新しようと思いながら1カ月以上たってしまった。
8月7日、抗がん剤治療19クールが完了したのだ。
それから、ふらつきやシビレなどあるものの、
8月27日にPET-CTを受け、その診断結果を
9月4日に先生と話し合う事になっている。
結果がどうあれ、すぐに結論は出さずよ~く考えてから
自分の考えていることを話したいと思っている。
友人から「暑いときは外出できないでしょ! ゲームでも楽しんで⋯」と
スマホにゲームが送られてきた。
最初はゲームなんて、とバカにしていたが、始め出したら面白くて止まらない。
何をするにも、まずゲームをしてから⋯になってしまう。
75歳にもなろうとするおババが、生まれて初めてゲームにハマってしまったのだ。
そして読書。手術前は読書が趣味だったのに
術後は集中力がまったくなく本を読む気になれなかった。
それが猛烈に本が読みたくなってきた。
本屋で杖をつきつつどれにしようか探すのも楽しみ。
結構、体力がいるが、これもリハビリと思って本屋の棚を探しまわる。
2年ぶりのこと。やっぱり元気っていいな~と心から感じる毎日だ。
どうか神様、もう少しこのままの元気をおババにお与えくださいと祈っている。
1年で体重が5キロ増加⁉️ この暑さの中、体重が増えるのが嬉しい😃
言いたくないけど、暑い。毎日気温が35℃前後になるなど
気温上昇が続いてる。熱中症で病院に運ばれる人のニュースが相次いでいる。
それなのにおババは夏痩せもせず体重増加。
37キロしかなかったのが42キロになった。体重計に上がるのが日課になった。
外は暑すぎてよほどのことがない限り、外出はしない。
毎朝 洗濯物をベランダに干すだけで汗がダラダラでる。
抗がん剤治療をした2~3日は、だるく味覚がないので食欲不振になるが
とにかく食べなくてはと、吐きそうになりながらも食べる。
いつもの納豆とオクラ、長芋のネバネバ小鉢と、キクラゲ入りの味噌汁は毎夕食。
手術をする前は、100グラムでも減ると嬉しかったのに、今は増えるのが喜び。
体は状況に応じて増えたり減ったり、体重管理は自分を管理することなのだろう。
親指のバチ指もだいぶ良くなった。抗がん剤治療をした際、
K先生の隣の診察室が整形外科だったので、親指に注射をしてもらい、
親指を曲げないように軽く包帯を巻いた。
現在は包帯がなくてもガクガクしなくなった。痛みもない👍
来週24日は19クールの2回目になる。その次は8月7日。
そこまでで一応、抗がん剤治療は終了の予定。バンザーイ🙌👏
その先は先生と話し合う事になっているが、夏休みもらい、
ゆっくり結論を出したいとおババは考えている。
結論を出すのは先生でも家族でもなく、おババ自身。
もちろん、先生や姉、甥のYたちと話し合うが
どう、これからを生きていきたいのかをじっくり考えたい!
いずれかはやってく最期をどう迎えるか、おババ自身で決めて行きたいのだ。
左指の親指がバチ指に? これも抗がん剤治療の副作用かな?
あっという間に夏が来てしまった。
梅雨の季節は駆け足で走り去ってしまったようだ。
でも九州から四国、山陰にかけ西日本は豪雨が続き、
土砂崩れや氾濫が多発して多くの人が亡くなった。
川は自らの境界を越え、人々の営みを無視するかのように
すべてを飲み込んで行く。まるでガンのようだと思う。
一生懸命に生きて来たのに、ある日突然、ガンですと宣告される。
手術ができたとしても、長い抗がん剤治療が続き、
また、いつ転移するか、再発するか、不安と戦い続ける。
今までの生活を一転させる。豪雨も同じように思う。
裏山がいつ土砂くづれを起こすか、家の前の川がいつ決壊するか、
雨が☔️降るたびにビクビクして眠ることもできず
すべてをおいて避難する他、生き抜く方法がない。
自然の力は計り知れない。
それに比べれば、ガンには薬という💊治療薬がある。
だが治療薬があったとしても、その副作用は健康な人には
なかなか理解してもらえないつらさが付きまとう。
明日10日は19クール1回目の治療日だ。
今週はダルさと吐き気、足のしびれ、食欲不振に悩まれそう。
19クールが終了したらしばらくお休みをもらい
友人と温泉に行くつもり。温泉は♨️2年ぶり。楽しみ💝
おババの切腹したようなヌードを披露するか🙇♀️
32度 を越す暑さの中、スッポンを飲んで歯医者へ。でもだるいよ~
先週の火曜日、抗がん剤治療を受けほとんど寝たきり状態だった。
昨日から何とか立ち直ったが、吐き気、だるさ、疲れ、足の痺れは相変わらずだ。
今日は歯医者の予約日。月に1回の歯のクリーニングの日。
何年も前からずっと続けているクリーニングのおかげか、
おババは口内炎に悩まされることが全くない。
外は真夏の暑さの中、地下鉄に乗って築地の歯医者へ。
もう、20年以上同じ先生に診てもらっている。
出がけにスッポンドリンクをグイッと飲み、いざ出発。
友人に勧められたスッポンドリンクだが、これを飲むと何となく
元気が出るように思う。きっと気のせいだと思うが、その気が大事かもしれない。
疲れ方が、すい臓がんとわかる前の症状に似ているように時々思う!
もしかしたらと不安が襲って来るが、食欲があるから大丈夫と言い聞かせる。
6月30日には40年来の友人が月に1回遊びに来る。これも楽しみ。
一緒に80歳を迎えようよ、といつも言って励ましてくれる。
7月4日はおばあちゃんの原宿、巣鴨のお地蔵様にやはり40年来の元気な
別の友人と一緒に行く予定になっている。
友達がいろいろ手を指し伸ばしてくれる事が嬉しい😂
高齢になってもガンになってもずっと友人でいてくれる事を感謝するこの頃だ。
だって、おババと一緒に出歩くと歩くのも遅いし、
常におババの体調を気にしてくれるからきっとおババ以上に疲れると思う。
雨が降らない事を祈ってその日をいっぱい楽しみたい。
2年前の今日、ガンとは夢に見思わず入院した記念日
梅雨に入り鬱陶しい日々が続き、気分も憂鬱です。
2年前の6月15日、友人二人に付き添われお茶の水のK病院へ。
家の近くのJ病院でCTを撮ってもらったが、どこも悪くないの一言。
この痛みは何ですか? と聞いたら「抗生物質をあげるので
1週間後にまた来てください」
検査入院させてくださいと頼んだが、「できない」との事。
付き添ってくれた友人のご主人がお医者様だったことから
すぐにK病院へ行くよう指示を受け、そのまま御茶ノ水へ。
先生はしっかり今までの経緯を聞いてくれて、そのまま入院した。
翌日から検査が始まったが2日後にすい臓がんステージ4と宣言された。
J病院で抗生物質をもらっていたら、たぶん今の私は生きていなかっただろう。
痛みに苦しみながら旅立っていたように思う。
病院の何を信頼するか、大学病院だから大丈夫?
大きくて設備がしっかりしているから大丈夫?
近いし外観がきれだし、スタッフがたくさんいるから大丈夫?
などなど病院選びにはさまざまな要素と理由がある。
けれど、そこにいるお医者様が患者の訴えに
どれだけ寄り添えるか?ではないかと思う。
まだ抗がん剤治療は続けているが手術から2年生きていることが奇跡!
K病院の大好きなK先生、看護師さん介護士さん、そして友人、
息子同然のYにありがとうの感謝の言葉しかない。
あとどのくらい元気で過ごせるのか、不安は常に付きまとい
死に方まで考えることがあるが、おババの心はゆり動くばかりだ。
さあ、これからをどう生きて行くか、2年目を迎えた今日、深く考えてしまう。